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波動

久々にSM論理を(苦笑)

人はよく「性格が行動に出る」と言うでしょ?
せっかちだったりのんびりだったり、厳しかったり甘やかしたり。
直結はしていないまでも、癖なんかもそうだよね。
ずぼらな性格の人はその癖までもずぼらだったり。
神経質な人は、周りの人を不愉快にさせるような癖を持っていたり。

Mの波動というものがある、正確には私があると感じているだけなのだが^^;
何気ない仕草・行動の中にその波動を感じる事がある。
例えばどういうものかというのはフィーリングなので説明しようがないのだが、電車やバスに座っているポーズだとか、コンビニで買い物をしている姿とかetc
前に買い物中のお店で「苛めたい!!」と思うような女性を見かけた話を書いたと思うが、まったく性的な要素が無い状態でのそういう波動をいうのもを感じる事が多々ある。
縁が無い場合はそれっきりで会う事もないので終わるのだが、付き合いがある中でそういう波動を感じた場合は、その一つ一つを紡いでいく。
紡いでまとめて、その上でのM性を発見出来た時には相手を対象として見る事が出来る。
もちろん波動には強弱があるからこその紡ぎ作業なのだが、中には1発でわかる場合もある。
反対に微弱過ぎて、本当にたくさん紡がないとわからない場合もある。
多分後者のほうが多いだろう。

この世界を経験し、ある程度の「目利き」が出来るMさんも、きっと同じようにSを見極める事が出来るのではないだろうか?
性格・性癖としてではなく「感覚」で捉える意識というか・・・相手に引き込まれてしまう生理というか。
それがまったくないとSMとしての付き合いは出来ないのだろうと思う。
願うだけでは叶わない世界でもあるのだしね(謎)

波動を感じられるように自分磨きをする事も大切だと思う。
性的魅力は誰でも感じられるだろうが、嗜好的波動は性を意識しない場所にあるから。

この話も読んでいる方々にはわかるかなぁ?^^;;;

今更ながら

私がSMという世界で相手を求め、お付き合いをして行く上でどうしても外せない部分・いや外せないと言うより核となる部分は「相手が私を心の支えにするかどうか」だと思う。
確かに行為ありきでもある世界で、快楽主体で嗜好を追及するのが基本的な付き合いの方法ではある。
しかし、その中に精神的な繋がりが無いと付き合い自体が霞んでしまうように思う。
その繋がりの本質は私への忠誠心であったり敬愛だったり相手への慈愛だったりするわけで、その根底には私を必要としているのかという部分が大事だ。
それも「誰かの代用」ではなく「私だけにしか得られない」という気持ちを持って接しているのかどうかが特に重要だ。
代用が利くのなら私でなくてもいいのだし。
ま、支えになる程の器をお前が持っているのか?と言われたら元も子も無いのだが(苦笑)

ただ、引退という言葉が出たのも、結局はそういう心の繋がりを得られそうな相手が居ないという事で、単に行為をするだけであれば相手探しに苦労はしない。
もちろん付き合いの根本にSMがあるのであれば、行為や精神等の嗜好の部分に拘らずに普通の恋愛のようなイチャイチャした付き合いもOKではある。
24時間365日嗜好を追及している訳ではないのだし、のんびりしたりイチャイチャするのは逆に嬉しい。
既婚なので、恋愛と言っても疑似恋愛になるのだが、愛すると言うよりは恋していたいとも思う。
相手の存在が「癒し」に繋がるのは私の望む所でもあるし。

でもまあ、そんな都合良い関係は難しいのかもしれないね。
ん~何だかテンション下がってるかも。

S男性とM女性の付き合いに限定するが、付き合いの根本の部分に絆や繋がりは絶対に必要だと思う。
行為に興味を持つだけではそれらは生まれない。
だから、その行為をされる事が良いのか、このS氏にされるから良いのかという議論はよくする事がある。

例えばスパンキングが好きなM女が居るとしよう、尻をめくられて叩かれる。
その時の叩かれ方に好みはあるだろうが、主と同じ叩き方をする別人が同じように叩いたとして、叩かれた方はどう思うだろうか?
叩かれ方に寸分の狂いが無ければ、肌に痛みを覚えるその感覚もまったく同じになるだろう。
その時に「主」だから良いのか「叩かれた感覚」が良いのかを自分の中で判別出来るだろうか?
同じように快楽の電マ責めをされたとして、同じように刺激をされたとしたらどうだろう?
「主」がしてくれるから気持ちがいい、けれど「主」でない人だから感じない、、、、と、なるだろうか?

痴漢好きな女性も多いようだが、痴漢はされる側が相手を選ぶわけではないので(拒否権はあるだろうが)好きであれば弄ってもらえれば相手はどこの誰でもいいという図式になる。
行為への興味だけでSMをする人はそれとあまり違わない気がする。

そんな人と主従関係になれるはずがない。
(まったく違う概念での主従関係も確かに存在はする、行為だけに特化し感情は一切持たないという主従、、、それはそれであるにはあるが、、、、現時点では割愛する)
何故かと言えば根本部分の絆や繋がりが生まれないから。
行為をしてくれる相手が自分でなくてもいいのなら、導く存在に値しない。

それと、絆や繋がりを恋愛感情に差し替えている女性も多いが、SMの付き合いではあまり意味がないように思う。
もちろんそれを否定するつもりはない。
恋愛感情で絆を深める人も居るし、男女の付き合いという点からするととてもスムーズに入れる部分でもあるだろう。
ただ、恋愛感情が全ての絆に精通するという風には私は思ってはいない。
M女が悩む原因は多分そこの部分の葛藤だろう。
元々男女の思考には相容れられない相違点があるのはわかっている。
理屈ではない部分も多々あるわけで、受け入れられない面も多いのを承知した上での付き合いでもある。

何を言いたいのかというと、行為に興味を持つのはいいけれど、まず最初にちゃんと相手の人としての資質を見なさいという事。
行為については、心配せずとも付き合いを重ねながら嗜好を探って、納得出来るように引出して経験させてあげますよ。
それがしっかりしたSならば。
だから、まず人としての繋がりをしっかり持てるように努力すべきだと思うし、その相手のSM感や恋愛観もしっかりと把握すべきだと思う。

でないと、絆が生まれなくなる。
生まれなければ、育たない。

わかるかな?この意味。

失敗

失敗をするという事を恐れる人が居る。
ま、失敗せずに何でもそつなくこなせるほうがカッコイイだろうしスマートだろう。
だけど、進化をする(経験値を上げる)のに失敗は欠かせないものだというのに気付いているだろうか?
一般的な事柄についてもそうだが、事SMの付き合いでのやりとりでは、私は失敗を重ねる事を強く推奨する。
ただ、誤解の無い様に書くが、強き側が危険性をはらんでいる行為について、失敗を恐れずに何でもやってみようという事を推奨はしない。
当たり前の話だが、危険性の認識はしっかりしないといけないし、その回避は強き側がする最重要課題である。
この場合で私が言っているのは、弱き側が失敗を恐れて何事に対しても委縮して行動しない(出来ない)というのを、頑張って動いてみて欲しいという意味である。

言われた事が出来ずに怒られる、それが怖いから嫌だ。
相手が思う通りの事が出来ずに相手に落胆され嫌われるかもしれないのが怖い。

ついついこういう思考を持つ人も居るだろう。
でも、失敗を重ねて成長していくのをサポートするのもこちら側の務めであるし、何よりそういう頑張る姿を見るのも強き側の楽しみでもある。
見える表情や言葉は強い口調かもしれないが、それは期待をしている証拠でもあるわけだ。
だから、臆せずに頑張って欲しいと思う。
未知の世界の事なのだから、失敗するのは当然だとこちらだって理解はしているのだし、前記したように経験値を上げるには失敗を繰り返すのが良い場合もある。
あまりにも同じ事を何回も失敗するという人も居るが、それは本人にとってそれがどれだけ重要なのかを理解出来ていないからだと思う。
「よく忘れる」のも同じ理由。
導く側がどれだけ重要だと言ってもそれを言われる側がしっかりと認識出来ていなければ、それが重要だと脳にはインプットされない。
極端に言えば、言われた事が右耳から入りそのまま留まらずに左耳から抜けてしまうのだ。
そういう時は導く側が至らない場合も多い。
メモを取らせた上で、筋道を立ててこういう風に進むために今こういう事が大事なのだと、相手の脳に残るように説明をしないといけない。

また話が微妙にそれてしまうが^^;
相談を受けてよく思うのだが「本当に2人で腹を割って話し合いをしているのか?」「本当に素の自分を見せているのか?」とよく疑ってしまう。
SMの関係というのは、確立されれば一切心の仮面が要らない関係になれるはずなのに、どうも仮面を外さないままの付き合いをしてしまって不安定な状態のままというパターンが目立つ。
そんな付き合いに意味あるのかな?(苦笑)
失敗を恐れるというのも、そういう部分が起因しているのかもしれないと思った。


人柄

どうも私という人物は人が良いらしい(苦笑)
自分で言うのも何なのだが、一般的な付き合いではとても優しいと言われるし、かなり相手に対して気配りをする。
だから時々誤解を受ける。
よく言われるのは「私にだけではなく皆に優しい」と嫉妬されたりする。
または「私の事好きなのでしょう?」と懐かれることもある、その気などないのに(苦笑)
でもこれは私の人柄であって、こういう性格で何十年も生きて来たのだからそれをどうこうするものではないと思っている。

弊害も確かにある。
SMという世界での付き合いの場合、最初に出会い・付き合いを始め・親しくなって・嗜好の同調をはかり・真の付き合いが出来る・というプロセスになるわけだが、「真の付き合い」に至るまでの間というのは一般的な付き合いと同レベルで考えるしそう接する。
当然サディストとしての思考よりは人間性重視で相手に接する。
見るというか、その期間は「観察期」だと思っている。
相手がどういう人物なのか、どのような思考回路を持っているのかを模索しながらのコミュニケーションになる。
当然ながら相手を知るだけではなく自分の事も伝えるわけだが、そこにはサディストとしての100%の自分を見せることはない。
当然だろう、相手の素性(本能)がわからないのに嗜好をぶつけられるわけがない。

しかし、付き合う相手のほとんどがその「観察期」で私の事(嗜好)を判断してしまっているように思う。
「Sにしては随分ヘタレじゃない?」的に思われることも多々ある。
付き合いが始まれば行為もするし付き合いの深度も深くなって行くわけだが、私的には「真の付き合い」に至るまでは色々なシチュエーションを作って観察をしながら相手の見極めを行っている。
「観察期」は結構な期間になる事が多い、半年~数年に至る場合もある。
その間色々な揺さぶりをかけることもあるし、「夢中」的に相手に接する事もある。
まぁ、これも実際はそうやってどう相手が考えるのかを見ているわけだから、ある意味陰湿かもしれない(苦笑)
でも、対面的に相手からは良い印象を受ける事が多い、実際の私を知らないからだろうが(汗)
それも普通の付き合いならそこまでには至らないのだけど、ことSMの付き合いとなるとそれくらい慎重でないと自分の内面など見せられない。
相手からするとウザイ(不安な)事かもしれないが、私を見極められないのは相手の度量の問題だと思っている。
そこで離れるのならそれだけの資質しかない女性なのだろう。
付き合いの基本は「切磋琢磨」だと思う、どちらかだけが頑張のものではない。
女性だって受身なだけではなく、その付き合いが真剣ならば相手の本質を見極める大変さを知るべきだと思う。
それ無くして責任など語れない。

そういう意味では、ここ十数年の付き合いの中で私の内面を見れた人は、悲しいかな一人も居ない。
そういう相手が現れる事はもう無いようにも思う。
でも、遠い過去にそれを出せた相手との出会いがあっただけに、再度その想いをと願ってしまう自分が今も居る。
深く付き合うというのは本当に難しい。

話がそれた^^;
まぁ、そうやって誰にでも気配りをするのはある意味「八方美人」的な見方をされたりもするのだけど、SNSなどでもよく声をかけて付き合っている相手でもないのに心配をしたりするのは、きっとそういうお節介な性格なのだろうと思う。
「そんな奴ほっとけばいいのに」と時たま自分でも思う事があるけど、自分はきっとそういう人柄だから声をかけてしまうんだろうな(苦笑)


プロフィール

龍角

Author:龍角
こんにちは。
SMの世界に留まってもうかれこれ数十年。
半ば隠居のような状態でSMサイトでのんびり遊んでいたのですが、縁あって現在親子程歳の離れた女性と一緒に歩んでおります。
相変わらずの更新頻度低めですが、よろしくお付き合い願います。

記事は時系列に沿って書いていますので、初めてお越しの方は「深い意味は・・・・」から読んで、「<<前のページ」で進んで頂けると良いかと思います。

ちなみに何箇所かのサイトで無断でリンクを張られているようですが、当サイトはリンクフリーではありませんし、何処にも許可はしておりませんので、勝手にリンクを張る事はお控え下さい。
また、記事の内容いついても一切の無断転用を禁止します。(一番下にCopyright書いてあるでしょ?)

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